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最高裁判所大法廷 昭和36年(ク)101号 決定 1961年12月13日

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

抗告代理人盛川康の抗告理由第一、二点について。

論旨は、破産法の免責規定は、憲法二九条各項に違反すると主張する。

破産法における破産者の免責は、誠実なる破産者に対する特典として、破産手続において、破産財団から弁済出来なかつた債務につき特定のものを除いて、破産者の責任を免除するものであつて、その制度の目的とするところは、破産終結後において破産債権を以つて無限に責任の追求を認めるときは、破産者の経済的再起は甚だしく困難となり、引いては生活の破綻を招くおそれさえないとはいえないので、誠実な破産者を更生させるために、その障害となる債権者の追求を遮断する必要が存するからである。

同法三六六条ノ九では、債務者に詐欺破産、過怠破産の罪に該る行為があつたと認められるとき、その他同条列記の不信行為があつたときは、裁判所は免責不許可の決定を為すことができると定められ、免責の許可は誠実な破産者に与えられる法意であることが窺われるし、また、三六六条ノ一二では、租税、雇人の給料、その他同条列記の特殊の債権は免除するを適当でないと認め、これを除外して、他の一般破産債権についてのみ責任を免れることに定められている。これらの規定はいづれも免責の効力範囲を合理的に規制したものといえる。

ところで、一般破産債権につき破産者の責任を免除することは、債権者に対して不利益な処遇であることは明らかであるが、他面上述のように破産者を更生させ、人間に値する生活を営む権利を保障することも必要であり、さらに、もし免責を認めないとすれば、債務者は概して資産状態の悪化を隠し、最悪の事態にまで持ちこむ結果となつて、却つて債権者を害する場合が少くないから、免責は債権者にとつても最悪の事態をさけるゆえんである。これらの点から見て、免責の規定は、公共の福祉のため憲法上許された必要かつ合理的な財産権の制限であると解するを相当とする。されば右免責規定は憲法二九条各項に違反するものではない。所論は採用できない。

よつて、本件抗告を理由なきものとして棄却し、抗告費用は抗告人らの負担とすべきものとし、主文のとおり決定する。

この決定は裁判官池田克、同垂水克己、同奥野健一、同山田作之助の補足意見あるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官池田克、同垂水克己、同奥野健一、同山田作之助の補足意見は次のとおりである。

破産法の免責の制度は誠実なる破産者に経済的再起の余地を与え、以つて更生を得せしめるために存することは多数意見のいうとおりであるが、他面免責によつて債権者の債権の一部が切り捨てられ、その財産権が侵害されることも疑のないところである。

しかし、免責によつて侵害される債権は債務者が無資力であるから、少くともその当時においては、実質的に価値の乏しいものであるということができるから、債権者の犠牲は左程大きいものではない。右の如く破産者に更生の機会を与えることと、債権者に及ぼす犠牲の比較的僅少であることとの双方の事情が衡平に勘案されて、始めてよく破産者免責制度の合理性が肯定できるものと思う。けだし、如何に誠実なる破産者の更生のためとはいえ、単にそれだけの理由で公共の福祉のためと称して、債務者のため債権者に多大の犠牲を払わしめても構わないというものではなく、結局両者の利益を衡平に考慮して、債権者に与える不利益がこの程度のものであれば、公共の福祉のうえから、止むを得ない制限として容認すべきであると言えるからである。

(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 河村又介 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一 裁判官 高橋潔 裁判官 高木常七 裁判官 石坂修一 裁判官 山田作之助 裁判官 五鬼上堅磐)

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